【佐藤優の世界史講座】朝鮮半島の統一を放棄した北朝鮮「朝鮮半島情勢」編

佐藤優 佐藤優
2025.09.03 04:09
【佐藤優の世界史講座】朝鮮半島の統一を放棄した北朝鮮「朝鮮半島情勢」編 韓国非武装地帯(DMZ)にある韓国国境警備隊マスコット

めまぐるしい変化を見せる国際情勢において、その変化のスピードは日々増していくばかり。いま、世界ではいったい何が起きているのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏が解説する。

――韓国に民主派の李在明政権が誕生してから、朝鮮半島情勢の緊張が緩和されてきたように思います。こんな記事が出ていました。

 韓国軍合同参謀本部は(8月)9日、北朝鮮が対韓国向けに南北の軍事境界線付近に設置していた拡声機の撤去を始めたと発表した。韓国軍が今月に入り北朝鮮向けの宣伝放送のための拡声機を撤去したことに呼応する措置の可能性がある。(8月9日『朝日新聞』デジタル)

佐藤:韓国の「友好的行為」に対して北朝鮮が対応したという見方は間違っていせん。しかし、北朝鮮は韓国を外国とし、韓国人を同胞と見なさないという立場を変更していません。この観点で、北朝鮮の国営通信社『朝鮮中央通信』が7月28日に配信した、朝鮮労働党の金与正副部長の同日付の「朝韓関係は同族という概念の時間帯から完全に脱した」と題する談話が興味深いです。金与正氏の兄は金正恩朝鮮労働党総書記です。

 

――金与正氏は、どんなことを言っているのですか。

佐藤:韓国が呼び掛ける北朝鮮との政治的関係改善には応じないという姿勢を金与正氏は明確にしています。むしろ保守派の尹錫悦前韓国大統領の北朝鮮に対する敵対的政策から、多くを学ぶことができたと逆説的評価をしています。

 李在明政府が最悪の時間、愚かな時間に描写したここ数年間は、見方によってはわれわれにとって無意味な時間だけではなかった。

 「民主」を標榜しようと、「保守」の仮面をかぶっていようと韓国は絶対に和解と協力の対象になれないというとても重大な歴史的結論に到達し、同族という修辞的表現に縛られて非常に退屈で不便であった歴史と決別し、現実矛盾的な既成概念まできれいに払拭することができた。(8月9日『朝日新聞』デジタル

 保守派であろうが民主派であろうが韓国のどの政権が唱える南北の統一も韓国による北朝鮮による併合、吸収を意味するものなので、北朝鮮としては絶対に認めることができないと金与正氏は述べているのです。

 

――正確な現状認識ですね。

佐藤:金正恩氏も金与正氏もリアリスト(現実主義者)です。もっとも、南北統一の枠組みではなく、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国(韓国)が互いに主権国家であることを認め、相互内戦不干渉の原則の下にであれば、二国間対話は可能であるというシグナルをこの談話で金与正氏は韓国に送ったのだと私は見ています。(2025年8月12日脱稿)

佐藤優(さとう・まさる)
元外務省主任分析官、作家。同志社大学大学院神学研究科修士課程修了後、外務省入省。95年より外務省国際情報局分析第一課勤務。対ロシア外交の最前線で活躍し、「外務省のラスプーチン」の異名をとる。2002年5月に背任容疑で逮捕され、09年に最高裁で有罪判決が確定し失職。著書多数。